法の前提となるもの

論理とは

法は論理で展開される。しかし・・・

論理というものはどのようにでも展開できる。いかなる結論でも導く事ができる。
結局の処、その論理が正しいかどうかは大半の人は、自分の人生と照らし合わせ直感的に正しいか否かで決める。
つまり論理の根拠は直感である。

自分の人生との繋がりや、その直感から完全に分断された論理。それを理解し、学び、体得する。それは新しい自分になる事。
そしてこれは洗脳やマインドコントロールのメカニズムそのものである。


論理そのものにいい加減で危険な点がある。
そして大半の正常な人は直感と論理を両輪として思考する。

法理とは

ある法理が正しいかどうかは結局の処、その法理が正しいと考える人々とその数で決まる。
その時、その時代に於いて、法に詳しい知識人全ての内、どのくらいの割合が正しいと考えているかだ。
また、どれだけ熱意をもって正しいと考えるかもまた、全体の雰囲気に決定的な影響を及ぼす。

半分が正しいと考えるのならば「正しいに違いない。」
3分の2が正しいと考えるのならば「正しいとしか思えない。」
3分の1でも熱意があればその中では「絶対に正しい。」。但し、この人々は全体から切り離されているともいえるだろう。そして、残りの3分の2は「こういう意見もある。」と考えるだろう。

憲法改正には

ここでは知識人とは「少なくとも、新聞を読んで世の中の動きに精通している人」と定義します。

憲法改正にはどれだけ多くの知識人がこの法理を正しいと思うかで決まります。

この法理が正しいと思う知識人が少なくとも半分以上いる。
    ↓
この法理が正しいというパラダイムが形成される。
    ↓
明らかに「日本国憲法 第96条、第98条」は無効
    ↓
議会の出席議員の半数を以って、「日本国憲法 第96条、第98条 無効決議」
    ↓
憲法は普通の法律と同じ様に、改正できるようになる。



従って、憲法改正には改正賛成者を集めるよりも "法理" の賛成者を集める方が現実的で速いと考えられます。






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